理事長挨拶
2018年6月より、国境なき技師団の理事長を務めております。これまで長きにわたり理事長として国境なき技師団を支えて下さいました濱田政則先生(早稲田大学・名誉教授)から預かりましたバトンをしっかりと次に繋げられるよう、国境なき技師団の発展のため、微力ながらも精一杯に務めさせて頂く覚悟です。
さて、国境なき技師団のホームページには、「人を、町を、国を、災害に強く。それが技師に託された使命です。」とのフレーズを掲げております。この「技師の使命」についてここでお話しさせて頂きたいと思います。耐震・地震工学の分野に目を向けますと、1980年代から構造物の非線形挙動に関する実験的・解析的研究が本格化し、1990年代のはじめに道路橋示方書などの実務基準にそれらが反映されるようになりました。1995年の兵庫県南部地震を契機として、その流れはより太いものとなり、耐震・地震工学の研究は飛躍的に発展しました。その果実として、現行基準で耐震設計された構造物が有する耐震性は相当のレベルにまで高められました。では、今後の発生が懸念される南海トラフ地震や首都直下地震に対して、人、町、そして国は盤石な状態になったと言えるでしょうか? 昨今の耐震・地震工学の研究の発展の恩恵を受けているのは、その期間に新設された構造物と、一部の耐震補強された既存構造物のみです。南海トラフ地震の影響を受けると想定される地域には、率先して対策に力を注ぐ市町村もありますが、一方で、経済的な理由からほとんど何も施されていない膨大な数の既存構造物があるのも事実です。さらに、2011年の東北地方太平洋沖地震で目にした圧倒的な津波の破壊力、あるいは2016年の熊本地震で生じた大規模な斜面崩壊に対する防災技術は開発途上です。今、南海トラフ地震が生じ、その断層の動きが不幸にも最悪なものであったら、それこそ我が国は窮地、国難に陥ります。このような不都合な真実、社会に内在するリスクをありのままに社会に継続発信し、防災への人々の意識を高いものに留めておくのは技師の大切な使命の一つと言えるでしょう。さらに、インフラ構造物の管理者に対して、その補強に最大限の投資をしていくことを促すのは、公正・中立な団体である、国境なき技師団の大切な役割と感じております。
また、大津波や大規模な斜面崩壊など、ハード的な対策が極めて困難な作用に対して、技師が果たすべき役割は幾つもあると思っております。国境なき技師団では、早大防災教育支援会(WASEND)や京都大学防災教育の会(KiDS)の学生の取り組みを継続支援しておりますが、これはハード的な対策が極めて困難な災害から人々の命を守るための重要な取り組みです。一方で、技師としては、命を守った人々の暮らしを少しでも早く災害前の状態に戻す、レジリエンスを意識する必要があり、これは欧米を含めた防災工学分野における現在の最大の関心の一つです。発災後に目にするであろう情景を思い浮かべ、その状況からの迅速な復興を可能にするための準備・対策を発災前に取り組むことが求められているのです。技師は、これまで、災害をハード的に防ぐことを最大の目的として取り組んできた面があります。これをレジリエンスをキーワードとして発想の転換を図る時期に来ているように思います。色々なアイデアを発信し、技師の皆様の活動を支援し、一方でその横のつながりをサポートする中核に国境なき技師団がいられるように努めてまいります。
最後に、2011年東北地方太平洋沖地震などで我が国の技師が得た経験・教訓は、次の災害を防ぐ、あるいは軽減するための貴重な財産です。「国境なき」技師団を標榜するからには、この経験・教訓を世界に発信していくことも大切な役割ではないかと思っております。災害にさらされる人々の命の重みが国境に依存することのない世界の構築の一翼を担う気概を持って取り組みたいとも思っております。
今後とも、国境なき技師団に倍旧のご支援を頂きますよう重ねてお願い申し上げます。